霊峰富士を望む富士宮の中心、全国の本山である「富士宮浅間大社」のすぐ西側にこの蔵はあります。1820年(文政年間)近江商人・滋賀県蒲生郡日野町の山中正吉が酒造りの技術者、能登杜氏とこの地で出会い、創業、現在の地に「酒蔵」を構え酒造りを始めたのが、1831年(天保2年)だそうです。当時、 駿河湾より駿東にかけ「ごうりき」という酒造に適した米がとれ、富士山の伏流水があり、出会った縁により「能登杜氏」とこの地で酒造を生業としたとのことです。以来、山中正吉商店として160余年親しまれてきましたが、今の社長が就任して富士高砂酒造として、酒質を重視した新たなスタートをきりま した。時を同じくして全国に出しても恥ずかしくない地元の地酒を望む当店の 思いが重なり、今、ここに紹介させていただきます。
お酒は、仕込み水の富士の水(軟水)の素質により口当りの優しく少し甘く感じる酒質、そして代々「能登杜氏」による「山廃仕込」「再仕込」等の味口造 りです。「山廃仕込」とは、昔の手造りのやり方で、現代の酒造りが速醸と呼ばれる乳酸菌添加の無菌速成とすれば、雑菌の中で蔵に生息する乳酸菌の生成を待って育てる放任育成。放任と言っても、技術的に難しく、時間も余計にかかり、失敗のリスクもあるので、杜氏と社長の愛情のかけ方は少なくありません。出来た酒は個性的で風邪をひかない腕白小僧のような元気で味のある酒になります。「高砂」は170年に渡り、この技を伝承し続けてきました。求めてきたものは、日本酒の中にいかに米の旨味を生かすかです。
山廃仕込みによる製造方法は味・旨味を目的としています。
静岡では山廃蔵はこの高砂酒造だけです。
全体の造りは、約2500石(一升壜で約25万本)ほどで、主な原料米は1/3が兵庫県産山田錦他、北長野の美山錦、北陸の五百万石、地元のふじの舞です。上 撰を含む75%程が特定名称の造りです。 |